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【2010年代の邦楽名盤①】ゲスの極み乙女。『両成敗』(byよーよー)

 

両成敗(通常盤)
 

 悪評もスキャンダルも蹴散らす勢いの圧倒的名盤。

シングル曲はもちろん飛びっきりにキャッチーだし、アルバム曲も各曲アイデアに富んでいて、アルバム通しての深みもある。全17曲で64分というボリュームは、聴くのにあっという間という訳にはいかないが、全部聴き終わった後には文豪の名作長編を一冊読み終えたような気持ち良さと達成感がある。

ハードロック調のギターから始まる#1「両成敗でいいじゃない」から始まって、J-POPもヒップホップもプログレもジャズもクラシックも80年代ディスコも取り込んで、まさに完全無欠の新しいミクスチャーロックだ。

まず特筆すべきなのは、神聖かまってちゃんのの子も褒めていたが曲の良さ。最強なのはサビのメロディのキャッチーさ。僕の妻も彼らのヒット曲のサビを口ずさんでいた。多くの人が口ずさむような中毒性と親しみやすさが彼らの曲にはある。ファルセットの高音も心地よい。各メンバーが自由に演奏しても、結局はこの強靭でキャッチーなサビのメロディがあるから、一つの歌になる。

レコード大賞にも紅白歌合戦にも出演したゲス乙女。時代を捉えたし、時代が捉えた楽曲は大きな人気を博すことになった。アルバムタイトルについても、『両成敗』というタイトルはインパクトだけ考えて特に理由はないとソングライターの川谷絵音さんはインタビューで語っているが、YESとNO、好きと嫌いに別れたり、あらゆるレイヤーで両極端になって中間層が痩せ細っていく現在、このタイトルもまた、無意識に時代を捉えていると言えるのかもしれない。

レコード大賞に出演した際に、甘利大臣がマイナンバー制度の説明の際に#15「私以外私じゃないの」を歌ったことを川谷さんが「意味が分からない」と切り捨てたのには驚いた。雑誌のインタビューを読んでいても思うが、強気で自分に正直なのだろう。あるいはヤワに見られたくないという販売戦略なのかもしれない。

シングル曲#7「オトナチック」の「悔しく思ったなら 背負い続けてみろよ」という歌詞の最後は、国民的バンドであることを引き受けた川谷さんの自負の表れでもあるのだろう。実力を伴った自信を持っているからこそ、強気にもなれる。

そんな川谷さんが率いるからこそ、ここまで思い切りのよくポップなアルバムができたのだろう。インタビューを読んでいると、川谷さんは天才型のソングライターで、曲を思い付いた時にすぐに歌詞とメロディが浮かぶようだ。

サカナクションの山口一郎さんもMステで近いことを言っていたが、キャッチフレーズのような言葉が連続する歌詞はインパクトがある。自分やエゴを出さないことは商品として流通に乗りやすくなることを意味するが、本作の歌詞とサウンドはキャッチフレーズ的な商品性・大衆性がありつつ、川谷さんが溜め込んでいる嘆息やカルマが裏に透けて見える気がするのだ。

フロントマンの川谷さんの別バンド“indigo la End”では上質なギターロックを聴かせ、心を揺さぶる歌もあるのだが、トリッキーなゲスの極み乙女もやることで、「上質」という名の凡庸から抜け出している。

『両成敗』は、そんなトリッキーなゲスにindigo la Endの上質なところや上品さを逆輸入して、トリッキーかつ上質なアルバムになっている。これはもう無敵だ。

『みんなノーマル』に収録されたバージョンの「パラレルスペック」と本作のバージョン(#13「パラレルスペック」funky ver.)を比べるとその成長は一目瞭然だ。より音楽的に曲が構築されているし、音の質感もパブロックがAORになったぐらいの違いがある。#16「Mr.ゲス X」の歌詞ではないが、「4人は化けてしまった」のだ。

前作までの毒もだいぶ薄まった気がする。川谷さん達がいま欲しいのは、一部の人の心をくすぐる毒よりも、より多くの人の心をつかむ普遍性なのだろう。「泣けて泣けて泣けてくるんだ」という歌詞を#12「無垢な季節」のサウンドの中で歌われると、本当に泣けてくる共感を呼び込む力が本作の楽曲にはある。

目標としているのは東京事変だと『ロッキンオン・ジャパン 』のインタビューで語っていたが、ゲスの音楽は東京事変同様、確かに大衆(マス)に愛されるキャッチーさとコアな音楽ファンに愛される深みがある。コアな音楽ファンにはその音楽性の深みが浸透していないきらいがあるが、それはこれから徐々に浸透していくのだろう。

また、各メンバーに音楽的な個性があり、そのメンバーが印象的なフレーズを奏でているところも東京事変と同じだが、ゲスは東京事変よりも個々のプレイヤビリティを前面に出している感じがする。ゲスの音楽では、従来から主流である上モノが楽曲をリードするバンドサウンドThe Whoを嚆矢とするリズム隊がリード楽器のように前面に立つバンドサウンド、両面のバンドサウンドのアプローチがバランス良く結合している。

ゲスは革新的で心地よいサウンドを届けてくれるだけでなく、意味性の面においてもファンにとって大切な曲を届けてくれる。楽曲が新しい景色を見せてくれる時だけでなく、リスナーの心の景色と楽曲で描かれる心象風景が一致する時も、その楽曲はそのリスナーにとって特別な曲になるが、僕にとってはそれはシングル曲の#3「ロマンスがありあまる」だった。

僕にはありあまる ロマンスがありあまるけど
死に物狂いで生き急いでんだ
(「ロマンスがありあまる」)

この曲に含まれるセンチメンタリズムと性急な切迫感は他のバンドでは聴けない類のものだ。楽しい音楽に落とされる一筋の影。その影が含んでいる切実さとカルマを聴きたくて、これからも僕は彼らの音楽を聴くのだろう。孤独や愛着や違和感といった根源的な感情で内省して揺れる自己を昇華するように響く、あの天上へ響くようなファルセットを求めて。


ゲスの極み乙女。 - ロマンスがありあまる


ゲスの極み乙女。 - 私以外私じゃないの


ゲスの極み乙女。 - 両成敗でいいじゃない

 

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