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ハルカトミユキ『溜息の断面図』(byネノメタル)

溜息は進化する
-ハルカトミユキ「溜息の断面図」の二重構造性

溜息の断面図(初回生産限定盤)

溜息の断面図(初回生産限定盤)

 

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1.『溜息の断面図』とは
前作の 『Loveless/Artless』は、リード曲「早すぎる電車に乗って」
(“光れ”)スタートし、ラスト曲で「今会いに行くよ」(“夜明けの月”)と告
げられるループ性の高い曲構成になっている。それは日々生活していく
中で心のどこかに持っている「欠けている(less)要素」をどこか引きず
りつつも「奇跡」「信念」「運命」といったパラダイムを手に入れ、自
らが「愛する人」の足元を照らし続ける光となろう、と決意するまでの
過程が描かれた、いわば早朝から夜明けまでの一人の生活(life)にフォー
カスが当てられたコンセプト・アルバムにカテゴライズされるものであ
る。
では、その 『Loveless/Artless』からわずか10ヶ月というインターバ
ルでリリースされたハルカトミユキ3作目のオリジナルアルバム 『溜息
の断面図』とは一体どのようなアルバムなのだろうか。前作同様にリー
ド曲「今日は何曜日」(“わらべうた”)という問いかけからスタートし、
「永遠に今日を探して」(“種を蒔く人”)と言う言葉で締め括られる、や
はりこちらもループ性を保つ曲構成となっている。 ただこの2作の決定
的な違いは、一人の主人公に焦点を当てた前作とは異なり、今作では12
曲中それぞれの世界で生きている主人公がふと漏らした溜息の中身が12
通りの様々な感情で彩られ、コンセプト・アルバムというよりどちらか
といえばオムニバス・アルバムに近いものとなっている。とは言え、こ
れは従来のオムニバス形式のアルバムにありがちな、一作品ごとに物語
が完結した “短編小説集”的な枠に留まってはいるわけではない。
それどころか全ての曲のストーリーが進んでいくと同時に全体のテーマ
ある核(コア)部分が曲中に存在しており、かつその核部分のストーリー
も段々と進化していく、という二重構造になっているのである。その核
の部分とはもちろんこのアルバムのテーマ「溜息」である。

 

2. 「溜息」の正体
その溜息の正体を具体的に検証してみよう。二曲目“Stand Up, Baby”
では「か弱く可愛い馬鹿」を演じなければ上手く渡っていくことのでき
ない世の中の現状に立ち尽くしてふと鳴らす舌打ちのような溜息が聞こ
えてくる。続く “終わりの始まり”ではそこからさらにエスカレートして
いった怒りの感情の極致に達した人の「もういいよ」と言う半泣きまじ
りの溜息が聞こえてくる。
さらに想像を巡らせば、このアルバムには過去楽曲に出てきた登場人物
の溜息も聞こえてくる。例えば“Sunny, Cloudy”に出てくるのはかつて
現状を打ち破ろうと新たな「世界」に飛び出し、その後「光」を見出そ
うともがきつつも未だ触れられない我々リスナーがよく知っている“あ
の女の子”による、夕立前の曇り空のような溜息が聞こえてくるし、“イ
ンスタント・ラブ”ではその割り切った恋愛関係に甘んじつつもどこか
感じてしまう空虚感とともについて出るその溜息はかつて “tonight”と
いう曲中で出てくる「あんたみたいな女」のことを指すのだろう。さら
に、ずれ落ちる眼鏡を直しながら必死にオンライン上で誹謗中傷に明け
暮れる青白きゾンビはかつて “プラスティック・メトロ ”と言う名の地
下鉄で男、女に混じって発見されるその一人(?)がネット疲れからかつ
いぞ漏らしてしまったうめき声にも似た溜息なのかもしれない。


3. 進化する「溜息」
次に、このアルバムの中で主人公達は歌詞のどの部分で溜息をつくのか
を検証したい。
以下1-6はその溜息まじりに呟かれると予測される歌詞の一部である
1.「子供のふりしなきゃここじゃ生きていけないこと」
(“Stand up, Baby”)
2.「子供にも大人にももうなれない僕らの歌」(“宝物”)
3.「大人になっても従うばっか」(“近眼のゾンビ”)
4.「大人ってことばを履き違えた子供だから」(“インスタント・ラブ”)
5.「今の私には死ぬ価値すらない」(“嵐の舟”)
6.「最後の祈りを次の誰かがすくって捧げる」(“種を蒔く人”)

本アルバム内で1→6の順番に曲が進行していくわけだが、注目すべきは
その溜息まじりに呟かれる子供、大人などのフレイズの持つニュアンス
が徐々に変化している点である。1-2の中の「子供」というのは、主人
公はまだ「子供としてもカウントされ得る大人」であり、彼らの中に依
然内在している子供像を指す。 次に、3では主人公が既に大人になった
ことを自覚しており、1-2の意味での子供像はその大人の中には既に内
在していない。次に4の意味する「子供」はこれまでの意味での子供像
ではなく、あくまで比喩的な意味での「子供のようなメンタル」を指し
ている。さらに5からはもはやそのような4のメンタルな意味での子供
像ですら消え失せ、大人としての自己に向き合った死生観すら示唆され
ている。
最後に6では大人、というよりも人として生きることの役割を終え、
生を全うしてからの次の世代に生きる後継者としての「次の誰か」に対
する期待を込めた祈りが捧げられるものとなっている。ここでの「次の
誰か」は巡り巡って最初に述べた1-2の「子供像」に近いものになるの
だろう。このようにアルバム楽曲を聴き進んでいくうちに12人もの溜息
ストーリーに触れるだけでなく、聴き手は同じ「大人、子供」という表
現でも随分とそのニュアンスが変化して行き、溜息という概念もだんだ
んと子供から大人、さらにその先の未来へのそれと変化していることも
感じることができるのだ。
まさにこのアルバムは曲のストーリー、と溜息の進化、とで二重の側
面に堪能できる二重構造の作品なのである。

 

4. 溜息「断面図」の作り方
ここではその「溜息」の「断面図」とはどういう事なのか考察してみよ
う。そもそも「溜息」という言葉は英語では"sigh"と綴られ、形や実体
などが伴わない水や空気のようなものなのに、なぜかdog(s)、cat(s)、
octpus(es)、baby(-ies)などの生命体と同様に「数えられる名詞」に属
する極めて不思議な単語なのである。しかもそんな不思議な溜息の「断
面図」というのは一体どういうことなのだろうか。
だが、このアルバムを聴き込んでしまった今となっては容易に想像でき
る。「溜息」は人の口から発せられた瞬間、生まれ落ちる生命体、いわ
ばわらべ(BABY)のようなものなのだ。そして人が子供から大人として
成長するとともにその都度発せられるその溜息もまた進化していき、や
がては次の世代への橋渡しとなる新たなる種のような溜息を生み出して
いく。
そんな12人の中で様々な形で存在している溜息という生命(life)は一人
の詩人によって「ことば」というナイフで真っ二つに切り取られ、もう
一人の奇人によってその表面が様々なカラーのペインティングで彩られ
る。そんな断面図の数々は、ここ20年以上今だに世をのさばり続ける
カラオケ対応インスタントポップ・ミュージックやパフォーマンスあり
きのアイドル合唱曲等にずっと翻弄され続けていて「いい曲をガチで歌
う」アーティストに出会う喜びを忘れていたことに気づかされる珠玉の
名曲達でもあるのだ。このアルバムの破壊力はそんな長い間忘却してい
た我々の記憶の隙間を埋めるには十分なインパクトがあり、「(マンネ
リ化したミュージックシーンの)終わり(から)の(新たな革命の)始
まり」に値する、という結論にてこの長い長い本レビューを締めくくり
たい。


付記; と、ここまで書いて「これは果たして一般的なamazonレビュー
としてはどうなのか。」という疑問が自分の中でも正直あるのは事実で
ある。なにせ、あまりにも長すぎるからだ(笑)。でも、そうせざるを
得なかったのだ。たかだか2-3行の感想では自分お気持ちが収まりきれ
なかった、それぐらいの大名盤なのである、歴史的名盤なのだ。

以下のこれまで約50年にわたる名盤ラインアップの一部を見てみよう。

1967 the Beatles 『sgt. pepper's lonely hearts club band』/ The
Velvet UndergroundVelvet Underground & Nico』etc...
1977 David Bowie 『Low』/ Television 『Marquee Moon』 /
Sex Pistols 『Never Mind The Bollocks 』etc...
1987 New OrderSubstance』/ U2 『Joshua Tree』etc...
1997 Radiohead 『OK computer』/ The Chemical Brothers『Dig
Your Own Hole』/ Björk『Homogenic』 etc...
2007 RadioheadIn Rainbows』/ M.I.A. 『 Kala』etc...
2017 ハルカトミユキ 『溜息の断面図』←NEW!

偶然にも7のつく年は大名盤豊作の年である。上記の名盤以外でも洋邦
問わずもっと多くの様々な名盤アルバムが挙げられることだろう。でそ
して今年はその7のつく2017年。この年に ハルカトミユキ 『溜息の断
面図』はこれら大名盤の数々に全く引けを取らない名盤に属すると断言
して良い。『sgt. pepper's lonely hearts club band』から50年ぶり、
『OK computer』から20年ぶりの大名盤がここ日本で誕生した事にテ
ンションが上がってしまい、これに敬意を評し、これだけの長文レビュー
を書かざるを得なかった、ということでご了承願いたい。

では最後に、一言
このアルバムを手にすべき全世界60億人の溜息の断面図達よ

光れ

そして

ハルカトミユキよ、

光れ、もっと光れ

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